其の103 家族の肖像


 わたしはいい年をして未だに母上父上妹犬猫鳥魚と同居しているのだが、これというのもわたしが金に不自由な生活を強いられているからで、一人暮らしを始めるとなると何だかんだと色々と金が必要になってくるし、そしてわたしはこう見えても貯金などまったくないからである。いやまったく銀行の口座に金がないというと嘘になるか。カードの支払いなどで銀行に入金しておくときに溜まる小銭くらいはあるのだが、この間残高を調べてみると四百三十七円であった。これは貯金をしているなどとは言えない金額であり、もしそれでもこれは貯金であるなどと強弁するのならば、人からは「それのび太貯金ね」と後ろ指さされる金額であろう。つまり貯金はまったくないと言える資格があるという訳だ。この金に不自由しているというのが家族と同居している主な理由である。しかし、こういうのを世間ではいつまでも親の脛をかじってだの独立心がないだの甘えているだのというのだろうが、ない袖は振れないのだからしょうがないのである。そしてもう一つ理由があって、それは仕事柄他の家族と同じ時を過す時間が極めて少ないということである。家族と会うことがないのだから実質的には一人暮らししていることとそう変りないのである。
 ということで大学時代以降、一日中家族と共に過すというのがなかったのであるが、この間、偶然わたしの休日と母上父上の休日とがぴったり合ってしまい、一日中家族と過す羽目になってしまった。普段はそういう日と解れば、目覚めた瞬間外出し、喫茶店なりで読書をして家族が寝静まるまで外にいるのだが、その日は運悪く給料日の二日前であった。つまり外で過すにはあまりに経済状態の悪い日だったのである。そこで仕方なく部屋に閉じこもって読書なんぞをしていたのだが、久しぶりにわたしと長い時間過すのが珍しいのかよく解らないが、母上などは何度もわたしの部屋にやってきてはどうでも良いことをぺらぺら喋るのであった。
「あのなあ、今日夢見てな」
 いきなり夢の話である。わたしは人の夢の話を聞くのが嫌いという訳ではないが、電話で毎日のように愛を語りたくなるくらい声の可愛い若い娘の夢の話ではなく、所詮母上の夢なのだからまったく興味などない。
「ほんでな、その夢ちうのが未来なんや。二台の車が平行に走っているときに、隣同士の車の中からお互い電話をかけあったりして、これから何処行くか決めたりして、それはもう未来の話なんよ」
「それ今でも出来るって。携帯電話があるんだから」
「ま、話は最後まで聞きって。そんでも凄い未来っていっても、そうやね、今から三十年くらい後やから、まあわたしもあんたもおるわけやな」
「……」
「なあ、聞いてるんか?」
「……ああ、聞いてるから。それで」
「うん、それでな。あんたも結構いい年になってんやけど、それがあんた何になってる思う、その超未来の世界では」
「超未来って、三十年後のことやろ」
「細かいこと言いなさんな。ほんま細かいことばっかり言って。そんなんやから嫁に来てくれるいう娘もおらんのや。ほんま誰に似たんや」
「それよりどうなってるんだよ、その未来の俺は。どうせろくでもない奴になってるんだろ」
「それがな、くくくく、あんたがな、くくくく」
「なんなんだよ」
「財閥、くくくく、あんたが財閥になっとんねん」
 財閥になる。非常に新鮮な響きを持つ言葉だ。財閥というのは解体されたりするあの財閥である。しかし、財閥というのはなるものなのか、個人が。
「……」
「聞いてる? 財閥やで、あんたが」
「……ああ、聞いている聞いている。金持ちとかじゃないのか、財閥じゃなくて」
「いんや、財閥。だってあんたがわたしのところに来て、とうとう財閥になったって報告に来るから」
「ああ、それで」
「それで思ったんやけど、あんた実は陰で財閥になれるような努力してるん違うかなあって。ほんまは努力してるんか?」
「……ん? してないしてない」
「あんた人の話ちゃんと聞いてるんか?」
「……ああ聞いてる聞いてる」
「ところでずっと何やってんの。人が話してるときにパソコンの画面ばっかり見て。何か書いてるんか。それが財閥になれる努力なんか?」
「いや、新しいネタ帳に……いやいや、別に何もしてないって。遊んでるだけで」
 しかし妙な夢を見るものである、母上も。もしかしてこんなわたしであっても何か期待するところがあるのだろうか。などといいながら食事の際、「えと、コロ、そこの醤油とってくれない」などと思わずわたしと犬の名前を間違うくらいであるからほんとはまったく期待などしていないのかもしれない。
 結局、一度も外に出ることもなく家族と過した休日であった。こういう日にはこれまで知らなかった家族の習慣が解るもので、たとえばそれは母上が何の為かは解らないのだが「あ、え、い、う、え、お、あ、お」と発声練習をしてから床に就くことや、父上が毎日使っている歯ブラシの柄の色が緑であることや、そしてわたしも同じ歯ブラシを使っていたことが判明したりすることなんかだったりするのだが、この状態がひと月くらい続いていたようで非常に複雑な気持ちだったりするのである。


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