其の86 段取りも悪いのだ


 わたしも世の中のサラリーマン諸兄と同様一年ぶりの長期休暇を貰い享楽的に過したのであるが、明日から仕事だということでもういやんいやんな気分である。つい四五日前のことではあるが、お盆休み初日のことが懐かしい。
 この盆休み中、大学時代の友人たちと旧交を温める集いに参加することになった。先週の日曜日の夜に突然仕切り屋の小泉が「八月十三日に集まらないか」と電話をかけてきたのだが、何でもこれから皆に連絡するという話、それでわたしに「電子メールをまわして日時等を連絡してくれないか」ということである。「メールで連絡」という話に一抹の不安を感じたのであるが、細かいことを気にしない小泉はわたしの「読むとは限らないのではないか」という意見に耳を貸すことなく、ぢゃあ頼む、これからビデオを返却しないと延滞料金をとられるからとの言葉を最後に電話を切ったのである。ちょっと無謀な試みであるが、一応請け負った責任もあってその晩直にメールアドレスの解っている友人にメールを送った。しかしわたしの不安は的中し、前日までに参加、不参加の返信をよこしたのが計二名という散々な結果になってしまった。内訳は不参加が二名である。メールをきちっと確認する人間に限って参加できないのだからメールによる連絡は無駄に終わったと見るのが論理的な判断であろう。だいたい仕事先にメールを送るのならもう少し早くに連絡すべきである。会社によっては既に盆休みに入っているところもあるだろうし、電話と違って相手にこちらの意思が伝わっているか確認する術もないのだから、時間に余裕をもって連絡するのが当然である。このような不首尾に終わったわたしの仕事も結局元をただせばメールによる連絡をしてくれと要請した小泉に責任があると己に言い聞かせて当日を迎えたのだが、昼頃惰眠を貪っているわたしの部屋で電話の音が鳴り響いた。
「おい、どうなってるんだ」
「ゑ、何が」
「お前幹事だろう、場所は何処なのだ、それと時間は。何でも遠藤とか鶴田とかはこの集まりのこと知らないということだぞ」
「ど、どういうことだ、俺が幹事とは」
「それは兎も角、今からでも出来るだけ電話で連絡しろ、ほんと使えん奴だ」
「お、俺はメールによる連絡を引き受けただけで……」
「解ったから後のこと頼むぞ」
 さあ大変なことになった。いつの間にか幹事だということだ。眠ってるうちに巻頭カラーのようである。よく意味は解らないが。慌てて電話をかける為住所録を探し、取り敢えず先の未だ集いのことを知らない遠藤に連絡することになった。遠藤はわたしの友人の中で最も大らかであり、暇なときには人差し指の指紋で迷路を楽しむくらい大らかなのだが、そして終わると中指に移るくらい大らかなのだが、流石に本屋からの帰りベンツを電信柱にぶつけたときは慌てていたのだが、そんなことはどうでもよいのである。
「ゑゑと、今日集まりがあるんだけど、今からでも来られるか」
「どういうことだ。そんなこと聞いてないぞ」
「いや、俺も今日知ったのだが、何でも俺が幹事だということだ」
「だったらもっと早くに連絡しろよ」
「だから俺も知らなかったんだよ、で、来られるのか」
「ううん、どうしようか」
「暇なんだろ、いやお前は暇なはずだ」
「暇といえば暇だが、いや、これからちょっと出かけようと思ってたんだ」
「どうせ大した用事でもなかろう。噴水の水が何本出ているか数えたり、レコード屋に行ってビートルズのアルバムをリリース順に並べたり、次にストーンズのアルバムをリリース順に並べたりするくらいのはずだ」
「失礼なことを言うなよ。俺にだって色々とやることはあるんだ。本屋に行って平積みになっている新刊を真直に直したりとかさあ」
「やっぱり暇なんだろ、ぢゃあ来いよ」
「ううん、どうしようかな」
「久しぶりにみんなで会うのだからさあ」
「ううん、やっぱり止めておくよ」
「どうして」
「明日ね、本屋とレコード屋に行こうと思うのだよ。だから」
「明日の話だろ、今日は関係ないぢゃないか」
「明日に備えたいんだ」
「備えるって……」
「それにさあ、折角の休みだしゆっくりしたいぢゃないか」
 明日に備えるとか、折角の休みだからとか、如何なることだ、遠藤よ。折角の休みだから皆で旧交を温めるのではないか。まあ良い。こんな奴は友人でも何でもない。またベンツを電信柱にぶつけるがいい、この呪詛を最後に電話を切って、次に鶴田に電話をした。
「ゑゑと、非常に急な話なんだが、今日暇か」
「どうしたんだ」
「今日知ったのだが俺が幹事でみんなで集まるということなんだよ」
「ぢゃあどうしてもっと早くに連絡しないんだよ、幹事だったら」
「だから、俺も今日知ったんだって。で、来られるのか」
「うううん、どうしようかな」
「暇なんだったら来いよ」
「ええと、女の子はどれくらいくるんだよ」
「ええと今のところ確実に来るのは一人だけだが」
「一人だけか……」
「いや、今連絡しているから解らないのだが」
「それでは最低一人なんだな」
「そうだな、少なくとも一人は来るということだ」
「一人しか来ないこともあるのだな」
「そうだ」
「……あいたたたたたた」
「ど、どうしたんだ」
「お、お腹が、お腹が、痛い」
「だ、大丈夫か」
「と、というわけで俺は今日行けないが、皆によ、宜しく頼む、あいたたたた」
 お前らいい加減にしろ、折角の休みだからとか、急にお腹が痛くなるとか。いまどきそんな言い訳子供でも言わんぞ。
 そして結局集まったのは八人だったのだが、その八人みんなに幹事の段取りが悪いと責められたのは言うまでもない。しかし小泉よ、お前に俺を責める権利はないはずだ。それなのに一緒になって俺を責めるのはどういうことなんだよ。それも一番激しく。


[前の雑文] [次の雑文]

[雑文一覧]

[TOP]