其の82 パンパン


 (あらすじ)
 知人に「太ったんじゃない」と言われた二十代後半の青年Aは其の批判を素直に受取り、痩せる為あれこれ考えカレーの特盛りを注文しないことを天に誓うが、無残にもカレー屋「インディ」の店員の親切心により今日も特盛りを喰ってしまい、その美味さに顔が綻んでしまう自分が許せないのであった。

 やはり経験不足と言わざるを得ないのではないか。何事にもある程度の実体験がなければやはりうまくいかないものである。畳水練はやはり畳水練であって、腕に傷が出来たり汗をかいたり間抜けだったりする割に実際の泳ぎには役に立たぬのである。さあ、太りましたねえ、どうしましょうかねえ、痩せましょうかねえ、と考えたからといって即実践という訳にはいかないのである。幼少の頃より痩せていて、どこへ行っても「もっと食べなさいよ」と言われ続けたわたしにとって、やはりいきなりダイエットなど出来るはずもなかったのである。
 まずどうすれば良いかわからない。なんとなく「喰わなければいいだろ」的な発想しか浮かばない。もしくは「運動すればいいんだろ」、こういう大雑把な発想しか浮かばないのである。女性などは日々これ修行とばかりにダイエットしているのが常態となっているようであるから、世の中には様々な優れもののダイエット法があるのだろう。しかしわたしの知っているダイエットはといえばケロンパの「カチンコチン体操」と川津祐介の超能力を利用した「こんなに痩せていいのかしら」ダイエット法くらいしか知らないのであるから、ダイエットの知識に関して言えば幼児にも等しい者なのである。そこで取り敢えず母上に訊ねてみることにした。
「なんかすぐ痩せる方法ないか」
「あほか、知っとったらしてるって」
「そうやな。じゃあ、今やってるダイエットは?」
「気功でみるみる……」 
 結局頼りになるのは自分だけだと再確認することになった。そしてこれといってやることも思い付かないまま生きてきたのだが、かつてわたしの周りを徘徊しておった中学生数人が何やら仕事場に訪ねてきた。新しい生活にも慣れてきて落ち着いてきたからか、それとも懐かしさもあってか、もしくは暇だからか解らぬのだが、何となくだらけた顔をしながらやってきたのである。彼女らは皆中学生の頃とは違いそれなりにお姉さんになってきているのだが、彼女らの中には夏休みだかで浮かれて髪の毛が茶色に変色しているものもいる。
「その頭髪は何か意味があるのか、例えばテリトリー保持の為の威嚇だとか」
「ええ、なにー、わからんー」
「そのだらだらした話し方は如何なものか。仮にもわたしは年長者であるのだからもう少しなんだ、しっかりした口調で話せないか」
「うーーん、そう」
「聞いているのか、まったく。それで新しい生活はどうだね」
「うーーん、まあまあ」
「まあまあというと中くらいということか。あれ程切願していた高校生活なのにまあまあとは可哀想なことだね」
「そんなに悪いわけぢゃないけどねえ」
「ではもっと楽しそうにするべきであろう。例えば歩いているとついスキップを踏んでしまうとか、外出時に嬉しさのあまり制服を着続けるとか、額に合格と彫り込むとか、もっとあるだろうに」
「そんなことしないよー」
「これはあくまで例え話であるから実際にそんなことしなくてもいいのであって、君なりに高校生活を楽しんでいる様子が伺えるような行動があるだろうという話だ」
「相変わらず理屈っぽいー」
「それは違う。論理的だと言って貰いたいものだ。君だってあれだろう、君の頭髪が茶色いのを幾らわたしが『まるで宝塚歌劇の男役のように不自然だ』だと感じているとしても『極楽鳥のように艶やかな頭髪をしている』とよく解らない修辞でもって誉めた方がより喜ばしいとは考えないか」
「よく解んない」
「ま、いいか」
「あのねえ」
「何だね」
「久しぶりに会ったからかもしれないけどねえ」
「うむ」
「もしかして太った?」
「ゑ」
「太ったでしょ」
「な、何を言うのだ。太ったとは……あわ、いや、そ、それがどうしたというのだ」
「だってお腹のあたりパンパンだもん」
「ぎぇ」
「もうパンパン、ぎゃはは、パンパン」
「パ、パンパン、パンパンって言うなあ」
「ぎゃはは」
「パンパンって言うなあ」
 近頃の若者は婉曲ということを知らぬのである。例えそれがパンパンに見えようとももっと言い方があるだろうに。貫禄が出てきたとか、トンガなら美人だとか、インドネシアでは元大統領の息子だとか。糞、痴呆面しているくせに。だいたい昔から言うではないか。パンパンいう者がパンパンだって。


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