其の148 陽一のエビフライ


 大量消費の時代においては、メーカー側はどれくらいその商品が一般大衆に受け入れられるかということを第一に考えなければならない側面があって、如何に優れた商品を開発しても受け手側の好みと合致しなければ、その商品は失敗作といわれても仕方がなく、たとえば手紙を書くのは面倒だがメールだと相手に確実に読まれているかどうも心配だという人の為の商品として、人語を解する程高度に訓練された伝書鳩による通信システム、その名も「新沼謙治一号」などという技術的にはかなり凄い商品を開発したとしても、そんなものはおそらく一部の伝書鳩マニアくらいしか購入しないであろうし、だいたい新沼謙治が伝書鳩業界ではかなりの逸材であることなど誰も知らないし、新沼謙治の嫁さんがちょっとどうかと思われるルックスをしているかなどどうでもよいことなのである。
 まさかこういったかなり間違った商品を開発して失敗そして倒産などという酔狂なメーカーはいるわけがないが、それは兎も角その商品がヒットするかどうかでその企業が社会的に成功するかしないかが決まるわけで、企業は消費者側がどんなものを好んでいるかということを常に念頭において商品を開発してゆかなければならないのである。そこで企業は結構な金額を使って消費者の動向を探ろうとする。マーケティングである。
 マーケティングだと何となく格好よさそうな横文字であるが、では具体的に何をやるかというと結局のところアンケートである。
 偶然わたしはとある大手広告代理店から委託されている調査員と知り合いで、わたしの年代を購買層とした商品、テレビコマーシャルの批評、新商品のデザインなどのアンケートなどを持ってくることがある。謝礼は図書券数枚である。また座談会と称して新商品の味について話し合ったり、スナック菓子とはどうあるべきかなど、そんなことどうでもいいじゃないかと思われる討論会などにも駆り出されることがあったりもする。かつて「未来のスナック菓子」での討論会があった。スナック菓子に未来も何もないだろうと思ったが、謝礼に惹かれてのこのこと出ていってしまった。その討論会ではどういうわけだか未だにわからないのだがわたしの「カール(チーズ味)こそスナック菓子の王者である」という意見に周りの人間が納得してしまい結論として「それにつけてもカール(チーズ味)は美味い」というよくわからない討論会になってしまったことがあったりもした。
 それはさておき最近もその手のアンケートが送られてきた。しかし仕事が忙しかったこともあって発送日ぎりぎりまで忘れていた。居間のテーブルの上に放っておいたのだが、それを母上が見つけそして発送日が明日であることに気づいたのである。
「なあ、あんた、これ明日までに送らないかんのとちがうの」
「ああ、そうやったっけ」
 ちょうどわたしはそのテーブルで食事をとっており、向かいに母上が鎮座している。
「後で書くから、おいといて」
「そんなん言ってもあんたどうせ忘れてしまうやろ。今やり。今すぐやり。わたしが読んだるから」
「わかった」
「じゃあ始めるで。恋愛はあなたの人生の中で重要なことですか?」
「ふぇ?」
 どうやら「独身男性の結婚観」についてのアンケートらしいのである。
「一、いつでも恋愛していたい。二、理想の相手さえいれば恋愛したい。三、恋愛はあまりしたくない。四、恋愛は一切したくない」
「ううむ、四かな」
「あ、あんた恋愛したないの……も、もしかしてあんたホモか?」
「ち、ちがうって」
「そらそうやな。あのベッドの下にあるもんみたらホモとは違うわな」
「な、な、な」
「次いくで」
 このような調子で母上と「恋愛」や「結婚」についてのアンケート調査が行われたのである。質問は次のようなものであった。
 「あなたの恋愛に対する考え方」「現在恋人はいるかいないか」「過去に結婚の約束をしたことがあるか」「結婚したいかどうか」「結婚のメリット・デメリット」「現在独身でいることによる周りからのプレッシャーがあるか」「独身でいることの将来への不安」など多岐に渡る。もちろんそれぞれの質問でどんな解答をするかによって別の質問も用意されているので実際に答えなければならない質問はこの数倍になる。
 しかし親と一緒にやるにはかなりの問題のあるアンケートである。正直に答えれば母上を激昂させる要因にもなりうるし、母上を喜ばせるよう嘘の解答をすれば妙に期待させてしまって後々家でのわたしの立場も難しくなる。そこでわたしはおそらくもっとも質問が少なくなりそうな方向で答えることにした。このアンケートは基本的に結婚に対して肯定的な姿勢で臨んでいる。つまり恋愛結婚に対してできるだけ否定的な解答をすれば質問自体の数が減るわけである。
 一通り終了し書きあがったアンケート用紙を眺めながら母上は溜め息をつく。
「あんた、周りからのプレッシャーがないて、嘘いいな」
「え、どうして?」
「親としてはちゃんと結婚してもらいたいと思ってるんやで。こういうのがプレッシャーと違うんか?」
「しかし俺自身全然感じてないから。プレッシャーって当人の主観の問題だろ」
「やいやい理屈いいな、そんな理屈言ってるから結婚どころか彼女の一人や二人かてできんのや」
「だから結婚なんてしたくないんだから、別にいいだろ」
「嗚呼、なんでこんな子になってしまったんやろ。ちゃんと大学行かせて、人並のことはさせたのに」
「結婚しなくたって本人がそれでいいっていってるんだから」
「……そうか。それやったら今日から家の長男は犬のコロにしよ、ほんで次男は猫のチャラくんや。それであんたは三男坊や。犬猫より格が下やと思ったら腹もたたんわ」
 というわけで現在わたしの家族での立場はろくでなしの三男坊なのである。
 そしてアンケートについてであるが、次の日テーブルにおいてあったアンケート用紙を手にとって吃驚仰天してしまった。

(設問1)
「あなたの恋愛に対する考え方を選んでください」
 1(○)いつでも恋愛していたい。
 2( )理想の相手さえいれば恋愛したい。
 3( )恋愛はあまりしたくない。
 4( )恋愛は一切したくない。
「1、2を選んだ方への質問です。恋人を選ぶ際重視されることは何ですか。次の中からそう思う順番で選んでください」
  一位 セックスの相性
  二位 収入
  三位 容姿
(設問2)
「あなたにとって結婚のメリットは何ですか」
(○)幸せになれる。(○)安らぎが得られる。(○)子供がつくれる。(○)社会的信用が得られる。
(○)セックスができる。(○)寂しくない。(○)親離れができる。(○)その他<家族でたばこを喫う人が減る>
(設問3)
「あなたにとって結婚のデメリットは何ですか」
  ……………………(○)何もなし。
(設問4)
「あなたは結婚したいと思いますか」
 1(○)なるべく早くしたい。
 2( )いずれはしたいと思っている。
 3( )思わない
「1、2を選んだ方への質問です。結婚相手に望まれると嫌なものは何ですか。以下の中から選んでください」
 ( )親との同居。(○)親との別居。( )子供をつくること。(○)子供をつくらないこと。
 ( )セックスすること。(○)セックスしないこと。(○)禁煙。(○)禁酒。(○)家計の全額負担。
 (○)その他 < パソコン >
「1、2を選んだ方への質問です。結婚したい理由は何ですか。次の中から選んでください」
 (○)親を安心させたいから。(○)結婚すれば幸せになれると思うから。(○)セックスしたいから。
 (○)子供をつくれるから。( )自慢できるから。( )結婚した友人がうらやましいから。
(設問5)
「独身でいることで将来不安に思うことは何ですか」
 ( )自分の老後。( )家系が途絶えるのではないか。(○)自分が病気になったときの面倒。
 (○)子供が持てない。(○)親の面倒。( )老後の孤独感。( )社会的信用が得られない。
 (○)経済力。(○)その他<孫の顔が見られない>

 よくもまあわたしの言ったことを書き留めている振りをして出鱈目ばかり書いたものである。だいたい<家族でたばこを喫う人が減る>というのは母上が答えてしまっていることになっているじゃないか。それにこれではこのアンケートに答えた人物はセックスが大好きな人になってしまっている。これは単にわたしを辱めてやろうという魂胆なのか、それともわたしの性格を見抜いてのことだか気になるではないか。孫の顔がみたいだとか、老後の親の面倒を見て欲しいだとか、母上の願望をそのまま書いているだけではないか。ほんと勝手なことばかりいっておるのである。だいたいわたしは親の老後の面倒などみるいわれなどないはずだ。だって三男坊だし。そういうことはまず長男のコロか次男のチャラにでも頼んでもらいたい。


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