其の123 大阪の休日


 久しぶりの休日であった為寝付けなかったのである。何やら興奮して寝付けなかったのである。明日は何をしようかなあっとなどと布団の中でごろんごろんしながら枕を抱きしめてしまっている。大学時代では考えられないような幸福感である。たった一日自由になるというだけでこの騒ぎなのだから連休などというものがあったならば興奮のあまり死んでしまうかもしれない。それほど待望していた休日なのである。これまでの休日とは一線を画する休みなのであるから、何となく「取り敢えず日本橋にでも行こうか」だとか「気が向いたらインディにでも行ってカレーでも喰うか」だとか「行けたら本屋も寄ろうかな」などといった甘い計画をたてていたら、折角の休日が泣くだろう。そしてわたしも泣いてしまうに違いない。綿密に計画を、それも前日からたてておかなければならないのだ。このことに気づいたわたしは布団から飛び起きコンピュータに向かって明日の計画を書き始めた。
 まず起床時間から考えなければならない。色々とやりたいことがあるから早く起きるのだ、などというのは浅はかな考えである。こういう休日だからこそたっぷりと睡眠をとって、その休日を充実させなければならないのである。ええと、普段より二時間程遅く起きればいいか。あんまりにも寝過ぎると起きたら何も出来なくなってしまうしな。そうそう目覚まし時計のセットも変えとかないと。このままだったらいつもと同じ時間に起きてしまうし。などと言いながら起床時間を書き込み、目覚まし時計のセットも変更する。そして次に何をするべきかを考えてみる。折角の休みなのだから精神的苦痛の伴う銀行振り込みや歯医者や散髪といった義務的行為は出来るだけ避けておきたい。そして休日といっても一日なのだから慎重にやりたいことを選ばなければならない。なかなか難しいのである。しかし時間的制約だとか金銭的制約だとか身体的制約だとかを考えていては真の休日にやりたいことはみえてこない。そこで取り敢えず何をしたいのかを書き出してみることにした。
「愛ある生活」
「プロ並のギターテクニック」
「モデル並のルックス」
「女性にモテモテ」
「富」
「名声」
 ち、違う違う。これは休日にやりたいことではなくて、手に入れたいものではないか。こんなものを書き出して明日の休日に何をするというのだ。「猿でもできる一日モテモテ入門」とかいうハウツー本でも買うのか。いかんいかん。もっとしっかりと考えなければ。
「日本橋に行って面白そうなゲームでも探す」
「インディへ行ってカレーを喰う」
「本屋に行って本を買い込む」
 ええとええと、などと考えるのだが他にやりたいことが特にないのである。改めて何と情けない生活をしているのかが解り愕然とする。ま、いいさ、久しぶりの休日なものだから体と頭が慣れていないんだよな。それに何だ。細かい計画をたてて実行出来なかった経験は小学生の頃にあったじゃないか。夏休みの計画とかいうので分刻みの計画を提出して先生に叱られたことだってあるではないか。何が小便は八時十七分から二十分の間だ。何が八時二十分から十三分間掃除だ。そんな細かい計画なんかたてても実行できるわけないではないか。そうである。明日の休日を充実させる為の計画なのだから三つか四つくらいで充分なのだ。大雑把に、そして本当にやりたいことを書いておけば良いのである。
 ここまで書いてやっと安心して眠ることが出来た。
 目覚めたのは夕方であった。よっぽど疲れていたのだなと自分を納得させながら服を着替え外出の準備をする。急がなければ。日本橋のパソコンショップはたしか七時くらいに閉るはずだ。そして梅田の旭屋は九時くらいに閉店だったような気がする。カレー屋インディのラストオーダーは九時三十分だ。その上揚げ物はラスト近くだとないことも多い。急がなければならないのだ。今から全てのスケジュールをこなすことが出来るのか。日本橋へ行って本屋へ行ってインディへ行くだけなら何とか可能かもしれないが、それではゆったりとゲームを物色したり平積みになっている新刊をきれいに整えたり特盛りカレーを堪能したり出来るはずがない。どれかを捨てた方が良さそうである。優先順位をつけなければ。まずインディは外せないぞ。そして読む本が底を尽きたのだから本屋も捨てられない。仕方ない、日本橋へ行くことは諦めよう。そうすれば本屋でゆっくりと本を物色できるし、何だったらギター譜を立ち読みしてコードくらいは覚えることだって出来るかもしれない。それに大事なのは充実した休日を過すことであってスケジュールをこなすことではないのだ。
 まずインディへと行き、次に本屋へと向かった。思ったよりも欲しい本が置いてなかったのだがそれでも二三週間楽しめるくらいの本を手に入れた。取り敢えずは目的は達成したはずである。しかし何処となく空しさも漂う。こんなのが豪華な休日だというのか。たしかにカツカレーチーズトッピング特盛りは美味かった。久しぶりに喰っただけにこれまで最高のカレーだったような気もする。腹も満足だ。それに本だって沢山買った。しかしそれでいいのか、いやそれだけでいいのか、俺よ、と頭の中で声がするのである。それなりに満足なはずなのだがどこか欠けている、そういった感じなのである。何かが足りないのだ、そう考えながら立ち読みしていると本屋では珍しい店内放送が始まった。
「お客様のお呼び出しです。先程『ウクレレで弾くハードロック』を御購入されたお客様、お伝えしたいことがございますので五階カウンターにてお待ちしております。繰り返します。『ウクレレで弾くハードロック』を御購入のお客様、お伝えしたいことがございますので五階カウンターにてお待ちしております」
 早速五階カウンターまで走って上ったのは言うまでもない。待つこと三十分、立ち読みしながらだから時間を持て余すことはなかったのだが、結局誰も現われなかった。間に二回ほど店内放送があったのだが誰もやってこなかった。しかし『ウクレレで弾くハードロック』とは如何なる本なのだろうか。一応探してみたのだが見つからない。残念である。でもなあ、ウクレレなんだもんなあ。牧伸二が使っているやつだぞ。最近は高木ブーも弾いているよなあ。あのぽろんぽろんした音でディープパープルのHighway starのソロだとかツェッペリンのRock'n rollだとかヴァン・ヘイレンのEruptionでライトハンド奏法を駆使したりするに違いないぞ、と内からにじみ出る笑いを堪えて立ち読みをしていたのである。
 これによって幸せな休日であるかそうでないかで揺れ動いていたわたしの心は、千秋楽で勝ち越しといった感じではあるが、幸福な休日であったと、そう納得することができたのである。
 幸福な休日に必要なもの。それは潤いである。


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