其の89 御先祖様


 吾輩は駄目人間である。ほんと駄目である。それでも名前くらいはあるのだが、出自はパソコン通信なもんで何となくネット上の習慣で「lou」なるハンドルネームを使っていた。読み方は「るう」といふ。これからもこのハンドルネームを使ってゆこうと思うのだが、だからといって本名を隠す必要もないのでここで本名を書いてしまうことにする。姓は渡部といふ。読み方は「わたべ」である。「渡部」と書いて「わたべ」と読むのは少数派であろうか。だいたい「わたなべ」と呼ばれることが多い。昔から「わたなべ」と間違われる度に己の「わたべ」なる姓にパチもん臭さを感じていたのだが、最近自分の名前が実は「わたなべ」であったことが判明した。いや本当はというのは間違いである。かつてはと言った方が正確であろうか。現在戸籍上では確かに「わたべ」なのであり勿論父上が若き頃もやはり「わたべ」であり、また祖父の頃も「わたべ」であった。戸籍上ではである。ところが最近、その昔父上が若かりしとき、父上は己の姓を名乗るとき「わたなべ」と名乗っていたと告白した。そして祖父も「わたなべ」と名乗っていたようで、また父上の従兄弟の家も「わたなべ」であり、つまりは一族郎党すべて「わたなべ」であるということも告白した。では何故我が家の姓が「わたべ」であるかというと、これがなんと「手違い」であるらしいのだ。祖父も父上も機嫌良く「わたなべっす」と名乗っていたのだが、あるとき父上が戸籍を見たとき「わたべ」になっていることに気付いたらしい。普通なら「これ、間違いっすよ。うちはわたなべっす」と言うのが筋であろう。しかしそこはわたしの父上であるからして、やはりどこか駄目人間なのだろうか、その日から「わたべ」と名乗ることにしたというのだ。そして祖父もそれに倣ったというのだ。自分の姓に誇りを持っていないというか、いい加減というか、兎に角凄まじき一族である。役所の手違いを訂正せずに抗議するのが面倒だからそのままにしておいて、自分は次の日から何食わぬ顔をして「わたべっす」と名乗るのであるから呆れてものが言えない。そして手違いなのはわたしの祖父の代からで、その他の「渡部」は戸籍上も含めて堂々と「わたなべ」と名乗っているらしい。祖父はその人生の大半が「わたなべ」であり、父上はその人生の二十年分を「わたなべ」として過し、そしてわたしは生まれながらの「わたべ」である。まるで生まれながらの将軍、徳川家光のようである。余は生まれながらにして「わたべ」である、だ。
 わたしがいい加減なら、父上もいい加減で、そして祖父もいい加減である。いい加減さは遺伝するものか解らないが、そういえばわたしの姓「渡部」は元々「渡辺」でもあったようで、この「渡辺」というのは何でも源頼光の四天王「渡辺綱」からの流れをくむらしい。この渡辺綱は大江山の酒呑童子を退治したという伝説が残っている人物なのだが、一応実在の人物であるから、父上の話を信じるとすればわたしは「怪物を倒した人の子孫」ということになる。そして四天王の一人坂田金時こと「まさかりかついだ金太郎さん」とも仲良しである。どういうつもりなんだよ、御先祖様よ。そしてわたしの性格が古より遺伝したものであるのなら、渡辺綱の伝説についてもだいたい想像がつく。
「ねえねえ、頼光さん、俺たちでさあ、酒呑童子とかいう怪物倒しにいきませんか?」
「えー、そりゃまずいよ、やっぱ怖いしさあ。なあ金時、どう思う?」
「そうっすねえ。やっぱり怖いっすねえ。おいら昔熊と相撲とってたけどさ、熊って結局は哺乳類だから。でも酒呑童子って怪物っしょ。やめときましょうよ」
「ああ、そのへんは心配しなくて大丈夫っすよ。ほんと大丈夫」
「どういうことなんだよ、綱よー」
「いや、すんません、先言っときますわ。嘘ついてました。嘘ついてましたあ。いやね、前も俺、羅生門の鬼を退治したんだけど、あれ、嘘、嘘なの。実は猿の手をね、持ってきて鬼退治したって言ったの」
「お、お前そんなことやってたのか」
「いやね、最近鬼っていっても、昔と違ってそんなに出ないっしょ。こんなこと言うのもなんですけど人気商売ですよねえ、四天王って。頼光さんは源氏だし、金時は金太郎ってネームバリューあるし、そういう意味では俺ってそれほど売りがないのよね。確かに嵯峨源氏だけれど、今は渡辺って名乗ってるからさあ、あんま関係ないし。そう言う意味で半期に一度くらいは鬼をね、退治しときたいなっと、思うわけっすよ」
「なるほどなあ。お前も苦労してるんだなあ」
「そうっすよ。卜部さん」
「で、どうすんのよ。具体的にはさ」
「よう聞いてくれました。碓井さん。一応ね。大江山には行くんすけど、そこで暫く、そうですねえ一週間ほどっすかねえ、キャンプでもして過して適当に何かの動物の死骸をもって帰ってですねえ、それを酒呑童子だって発表するんすよ」
「それ、大丈夫かあ、ばれたら大変だぞ」
「大丈夫っすよ、前の羅生門のときもそれでいけましたし。それにね、京の人とか貴族もさあ、刺激が欲しいと思うのよね。鬼退治ってやっぱインパクトあるでしょ。こういうの自分で言うのもなんですけど、四天王って鬼退治に関してはトップスターだと思うわけですよ。その四天王がね、協力して鬼退治したっていうと、みんな飛び付きますよ。それに相手が鬼だから誰も文句言う奴いないしね」
「ほんと大丈夫かあ、お前口うまいけど、いい加減だからなあ」
「大丈夫ですって。退治したのにまた大江山で何か出たって言われたらそんときは別の鬼でっちあげてね、退治すれば一石二鳥でしょうし、ねえ、やりましょうよ」
「ううむ、仕方ない。綱ぴょんがそういうならやろうか、みんなそれでいいかな」
「いいっすよ。実はおいら最近まさかり新調してね、そいつをかつぐ機会待ってたんすよ」
「あ、言っとくけど、本物とは闘わないからね。金時っち」
「解ってるって、綱ぴょん。せいぜい兎か鹿くらいを退治してね。はははは」
 なんてのが伝説の真相だと思うのだが、子孫の駄目さ加減を考えるとだいたいあっているんではなかろうか。
 そういえば父上方の名前だけではなく、母上の名前に関しても中々凄いものがあるのだが、それはまた別の機会に。


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